杉戸町は昔から、名所・旧跡の多い町です。何しろ古いものでは、一万年以上も前の石器が発見されたり、6世紀から7世紀にかけてつくられた古墳のあるところですからね。江戸時代の俳人・松尾芭蕉もこの地を通って東北へ旅に出たようですし、明治時代にも郡役所の関係で、数多くの碑が残っています。杉戸の歴史は、「杉戸町の歴史」「さんぽ道」「さんぽ道2」などの冊子にわかりやすく掲載されています。杉戸は日光道中で江戸から5番目の杉戸宿があったことで歴史的に有名です。 杉戸町は、明治22年4月に杉戸宿、清地村、倉松村が合併して誕生しました。その後町村合併促進法により、昭和30年代の前半に近隣の町村が合併し、ほぼ現在の町域を形成していきました。当時の人口は1万6,800人くらいでした。 この町は埼玉県で最初に電話が開通したところなんですよ。明治30年2月のことです。北葛飾郡役所と桜井村役場間の私設電話でしたが、公衆用は明治44年に杉戸郵便局で通話事務が始まり、大正10年には27軒に電話が設置されました。 杉戸町は、戦災をひどく受けていないので、昔ながらの町の面影がよく残っています。でも昭和22年のカスリーン台風では、かなりの被害にあったようですね。今でも電柱には、カスリーン台風で水没した水位を示す赤いベルトがまいてあります。 わたしがこの杉戸町に住むようになったのは昭和30年代前半のことです。昭和38年には現在の役場庁舎ができ、その当時は、まだ日光街道松並木が残っていたことをおぼえていますよ。現在では松並木の面影は、御成街道に少し残っている程度になっていしまいました。 母子健康センターが完成したときは、当時県内でも珍しい施設であったため、昭和39年に現在の天皇陛下が視察にみえました。当時教員をしていましたわたしは、生徒といっしょに沿道で旗を振ってお迎えをしたのをおぼえています。 昭和61年には杉戸高野台駅が開設し、新住民の方々も多くなりましたね。町制施行当時、約1万4千人だった人口も今では4万7千人を超え、まもなく市制施行にも手が届きそうですね。現在では、全国にあらゆるところから転入してくるようになったので杉戸もずいぶんにぎやかになりました。 |